ヘリコプターとバードストライク ーパイロットが知っておくべきことー

  • URLをコピーしました!

1903年、アメリカでライト兄弟が人類史上初めての動力飛行を成し遂げました。

この偉業は今でも語り継がれており今後も薄れていくことはないでしょう。

しかし、その遥か約1億5000万年前からこの地球上で空を飛んでいる生物がいます。

そう「鳥」です。

私たち人類よりも遥かに長い歴史を持ち、長い期間この地球の空を飛んでいます。

長い地球の歴史の中で見ると、人類が飛ぶようになったのは本当にごく最近の出来事なんですね。

今回は航空業界の大先輩「鳥」との衝突「バードストライク」について紐解いていきましょう。

目次

バードストライクとは?

バードストライクはICAO(国際民間航空機間)によって次のように定義されています。

バードストライクとは

A collision between a bird and an aircraft which is in flight or on a take-off or landing roll.

フライトにおけるすべてのフェーズでの鳥との衝突を「バードストライク」と定義しています。

また日本の航空局が出している「鳥衝突報告要領」によると、以下のように定義されています。

鳥衝突(バードストライク)とは、航空機と鳥との衝突をいう。
なお、空港及びその周辺で鳥の死骸等が回収されず、かつ、機体点検においても損傷や痕跡が確認されなかった場合であっても、機長が衝撃、音等により鳥衝突と判断した場合は鳥衝突として扱う。

鳥の種類やサイズにかかわらずバードストライクは航空機に重大な影響を及ぼす恐れがあります。

バードストライクの後に川に不時着をし、乗員乗客全員が助かった「ハドソン川の奇跡」は記憶に新しいと思います。映画にもなりましたね。

また2024年の末に韓国で起こったチェジュ航空の悲惨な事故もバードストライクが原因ではないかと言われています。

バードストライクの事実

実際にバードストライクはどのような場所で、そしていつ起こりやすいのでしょうか?

ICAOが2023年6月に発表した「2016-2021 WILDLIFE STRIKE ANALYSES (IBIS)」によると、2016年から2021年までの6年間、世界136の国で273,343回もの鳥を含む野生動物との衝突が報告されています。

これは1年あたりで考えると45,000回以上です。かなりの数ですよね。

ICAOがこれ以前に集計した2008年から2015年の8年間の合計が97,751回でしたので、1年あたりではおよそ12,000回です。

前回の集計期間と比べるとおよそ280%数が増えていることになります。

2016年から2021年の間にはCOVID-19によるパンデミックがあり、一時期の航空機運航数はかなり減っているはずです。それにもかかわらずこれだけ数増えているのは驚きですね。

もちろん、以前に比べてバードストライクに関する報告要領が確立されてきて、広く周知されたことも一因ではあるかと思いますが、世界中で航空機の需要が増え続けていることが大きな要因です。

どこで起こりやすいか?

バードストライクが最も起きやすのは高度500ft以下だと言われています。

全体の70%以上のバードストライクはこの500ft以下の高度で起きています。

ICAOの「2016-2021 WILDLIFE STRIKE ANALYSES (IBIS)」のデータによると、70%のバードストライクは離陸中、アプローチ中そして着陸滑走中に起きており、タクシー中や駐機中の航空機も含めると74%のバードストライクが比較的低い高度で起きていることがわかります。

Wildlife Strikes reported according to flight phase
出典:2016-2021 WILDLIFE STRIKE ANALYSES (IBIS)

日本の国土交通省が集計した「2023年バードストライクデータ」でも、2023年に起こったバードストライクのおよそ70%は離陸中、アプローチ中そして着陸滑走中に起きていることがわかります。

ほとんどのバードストライクは低高度帯で発生していますが、だからと言って高高度でバードストライクが起こらないかというとそうではありません。

実際、今までに起こったバードストライクの最高高度は37,00ftで1973年11月29日にアフリカのコートジボワール上空で旅客機と衝突しました。

その時の鳥はマダラハゲワシという種類で、上昇気流を使って高い高度まで上がり餌を求めて広範囲を飛行するのが特徴だそうです。

しかし一般的にマダラハゲワシは高くても20,000ftまでしか上昇しないとされていて、この個体はある意味特別だったのかもしれません。

いつ起こりやすいか?(時間帯)

バードストライクが最も起こりやすいのは日中の明るい時間帯です。

ICAOの「2016-2021 WILDLIFE STRIKE ANALYSES (IBIS)」によると、全体の68%が日中に起きていることが分かります。これは鳥の活動時間帯が日中の明るい時間帯であることが要因です。

しかし日中だけでなく、全体の19%は夜間に起こっていることも注目しなければなりません。

日本の2023年のデータにおいては33%のバードストライクが夜間に発生しています。

夜間に鳥は飛んでいないというのは迷信です。

いつ起こりやすいか?(時期)

1日の中で最もバードストライクが起きやすいのは日中の明るい時間帯だと分かりましたが、一年の中ではどの時期が最も起こりやすのでしょうか?

ICAOのデータによると、3月ごろから徐々に増え始め8月にピークを迎えます。その後も10月までは数が多い状態を維持していることがわかります。

やはり暖かい時期に最も活発になるためそれに伴いバードストライクの数を多くなっています。

Wildlife strikes reported by month of occurrences
出典:2016-2021 WILDLIFE STRIKE ANALYSES (IBIS)

ヘリコプターとバードストライク

バードストライクは低高度帯で発生することがほとんどです。

これは飛行機にとっては離陸中、進入中そして滑走着陸中が最もバードストライクのリスクが高いフェーズとなります。

多くの飛行機が巡航する高度帯ではバードストライクの可能性はあっても非常に稀です。

ではヘリコプターについてはどうでしょうか。

ヘリコプターの多くの運航は低高度で行われており、先ほども述べた最もバードストライクが起こる確率の高い500ft以下での飛行の時間は飛行機よりもかなり多いです。

離着陸だけでなく巡航する高度も比較的低いため、フライト全体を通して常にバードストライクのリスクが高い場所を飛んでいます。

ヘリコプターのパイロットは飛行機以上にこのリスクについて理解しておく必要があります。

バードストライクの危険性

バードストライクによってヘリコプターまたはパイロットに対してどのような影響が出るのかを考えていきましょう。

ヘリコプターは旅客機などと比べると小型で飛行機よりも構造が複雑です。メインローターやテールローターが外にむき出しになっているためバードストライクのような外部からの衝撃は致命的なものになりかねません。

日本の耐空性審査要領では、鳥衝突に関する航空機の設計要件として以下のように定めています。

2400m (8000 ft) までの高度で、回転翼航空機の速度(回転翼航空機の飛行経路
方向の鳥との相対速度)が、VNE 又は VH(どちらか低速の方)に等しいとき、1.0 kg(2. 2
ポンド)の鳥が衝突しでも、A 級回転翼航空機にあっては、安全な継続飛行及び着陸が
可能で、また B 級回転翼航空機にあっては安全な着陸が可能であることを証明しなけれ
ばならない。上記への適合性は、試験、又は実構造を十分に模擬している類似構造に対
する試験に基づく解析により証明されなければならない。

このようにバードストライクに対してある一定の要件があります。しかし、これは輸送T類のヘリコプターにのみ求められているもので普通N類のヘリコプターにはこのような要件はありません。

日本で運航されているヘリコプターのうち少なくとも半数以上はバードストライクに関する要件のない普通N類です。

ヘリコプターが小さければ小さいほどバードストライクの影響は大きくなります。

またまた機体の事だけではなく、乗員に関してもヘリコプターではシングルパイロットで運航する機会が多く、パイロットへの影響が直接的にヘリコプターの安全性に関係してきます。

風防へのダメージ

多くのバードストライクは航空機が速いスピードで前進飛行している時に起こります。鳥も前進飛行をしていたとすると相対速度はもっと早くなり衝突のエネルギーはさらに増えます。

航空機にとって風防は鳥が最も当たりやすい場所の一つと言われており、鳥が当たった場合は風防にヒビなどが入るか衝突のエネルギーが大きい場合には完全に粉砕してしまいます。

またぶつかった鳥が引っ掛かったり、風防に鳥の血がついてしまうとパイロットの視界を妨げることにもつながります。

ローター系統へのダメージ

ヘリコプターの揚力を生み出しているメインローターはかなり大きく、小型のヘリコプターでもその直径は10m以上あります。

そのためメインローターと鳥が接触するバードストライクも多く発生しています。

鳥との接触によってローターが破損し揚力を発生できなくなったり、コントロールリンケージなどが破損すると操縦不能に陥る可能性もあります。

またメインローターだけでなく、テールローターに鳥があたり損傷した場合はアンチトルクシステムがなくなるため直ちに旋転に入ってしまします。

高度に余裕がありオートローテーションができればいいですが、低高度であればその時間はありません。

計器、無線機へのダメージ

機体の外には機体の速度を図るためのピトー管や無線航法機器のためのアンテナが多くついています。

バードストライクによってこれらが損傷し機能しなくなった場合、航空機の冗長性はなくなり安全性は著しく低下してしまいます。

エンジン故障

多くの旅客機などが装備しているターボファンエンジンのように、エンジンに鳥がそのまま吸い込まれるようなことがあります。

小さな鳥を吸い込んだだけでエンジン故障まで繋がる可能性は低いですが、大きな鳥や小さな鳥でも一度に何羽も吸い込んでしまうとエンジンが機能しなくなってしまいます。

ヘリコプターの場合、鳥が直接エンジンの中に入ることは考えにくいですが、機体の別の部分に鳥が当たってその体の一部がエンジンの吸気口から入り込みエンジンのトラブルに繋がる可能性はあります。

パイロットの怪我

バードストライクによって風防のガラスが飛散し、機内にいるパイロットが怪我をするリスクがあります。

鳥が風防を突き破りパイロットに直接ぶつかる可能性もあります。

シングルパイロットでの運航の場合、衝突による怪我で操縦が困難になったり、もしくは意識を失うことがあると致命的です。

また、コックピットとの隔たりがないヘリコプターでは、パイロットだけでなく機内にいるクルーやお客さんが怪我をしてしまう可能性もあります。

バードストライクによるリスクを最小限にするために

バードストライクのリスクとそれによる影響を最小限にするためにパイロットができることはたくさんあります。

適切な対策をとることによってバードストライクを回避、または被害を最小限にしていきましょう。

高く飛ぶ

もし可能であれば、できるだけ巡航高度を高くとりましょう。少なくとも2500ft AGL以上を飛ぶことが推奨されています。

ある研究によると500ftの高度から1000ft上昇するごとにバードストライクのリスクが32%減ると言われています。かなり大きな数字ですよね。

航空機の性能や天候、空域、地形など巡航高度を選定する上で考えなければならないことは数多くあります。

高度を少し上げるだけでバードストライクのリスクを大きく減らすことができるので、可能な限り高く飛ぶことをおすすめします。

ゆっくり飛ぶ

もし可能であれば速度を落としましょう。

4分の3以上のバードストライクは航空機の速度が80kt以上の時に発生しています。

ゆっくり飛ぶことによってパイロットが鳥を避ける時間、および鳥が航空機を避ける時間を作ることができます。

また速度が速ければ速いほど、衝突時のエネルギーは大きくなります。

世界で最も早く飛ぶことのできる鳥は「ハヤブサ」です。獲物を捕まえる際に急降下するため、その時の最高速度は300km/h(555kt)を超えると言われています。

水平飛行で最も速いのは「ハリオアマツバメ」という鳥でその最高速度は170km/h(314kt)になります。

極端な例にはなりますが、仮に80ktで飛行している2000kgのヘリコプターと555ktでダイブしてくる1kgのハヤブサが正面衝突した場合、そのエネルギーは小型の車が約187km/hで壁に衝突するのと同じ衝撃になります。間違いなく風防は突き破られるでしょうね。

致命的なダメージを避けるためにも可能であれば速度を落としましょう。特に500ft以下や鳥が多く生息している地域を飛んでいるときに有効です。

鳥がいる場所を把握する

鳥の活動が多く見られる場所をあらかじめ知っていれば、そのエリアを避けて飛行することができバードストライクのリスクを下げることができます。

鳥が多く見られる場所としては海岸や川、湖、湿地帯などの水辺が最も分かりやすです。

こうした場所には鳥たちの餌となる魚や昆虫、水草などが豊富です。さらに天敵となる肉食動物からも身を守ることができます。

また渡り鳥の休憩地点としても利用されるためたくさんの種類の鳥が水辺に生息しています。

そのほかに崖にも多くの鳥が存在し、特に大型のワシやタカ、カモメなどは崖の上昇気流を使ってエネルギーを節約するように飛行しています。

鳥の多い場所ということは認識していても、そこを飛ばなければならない時はその場所での飛行時間を最小にするため90度の角度で横切ることがおすすめされています。

海岸線などはナビゲーションいい目印になるため、それに沿って飛行したくなりますがそれは鳥にとっても同じようです。

ヘルメットを被りバイザーはダウン

バードストライクから自分の身を守るためにできる限りヘルメットを着用しましょう。そして必ずバイザーはダウンの状態で。

それにより頭と顔のほとんどをカバーすることができ、鳥や風防の破片による怪我を防止することができます。

ヘルメットを着用しない場合でも、サングラスやゴーグルなどを着用し少なくとも自分の目を守れるようにするべきです。

目が使えなくなっては航空機が無傷でも安全に着陸することはできません。

ヘルメットの着用を強くおすすめする以下のビデオは非常に役立つと思います。

また最近では鳥だけではなく、ラジコン航空機やドローンがよく飛行しているのをよく見かけます。

ヘリコプターはこのような無人航空機と近い高度を飛行することが多いです。

鳥だけではなく無人航空機との衝突にも備えてヘルメットを着用することを強くおすすめします。バイザーダウンを忘れずに。

下ではなく上に避ける

鳥とぶつかりそうになった時は下にダイブするのではなく上昇して回避しましょう。

多くの鳥の習性として天敵を見つけた時や危険を感じた時に下にダイブすることがよくあります。

鳥と同じ方向に避けてもあまり意味がないので、避けるときは上昇することを覚えておきましょう。

この時オーバートルクには要注意です。

過去のバードストライク事例

ここからはヘリコプターのバードストライク事例をいくつか紹介します。

過去の事例から学び、次の運航に活かしていきましょう。

救急ヘリコプターの鳥衝突事故(アメリカ)

2024年3月5日午後、救急ヘリコプターのH125が700ft〜1000ftの高度を100〜200ft/minで降下している際、2羽のレッドテイルホークと衝突しパイロット側の風防を突き破られました。

鳥はパイロットの顔などにあたりヘルメットのバイザーを破壊しました。さらにヘルメットのクイックリリースストラップに鳥が当たりヘルメットが外れてしまいました。

しかし、ヘルメットとバイザーのおかげでパイロットは軽い傷ですみ、近くの広場に緊急着陸を行いました。

ヘルメット着用しバイザーダウンの重要性を思い知らされる事故ですね。

 NTSB Safety Investigation Report

バードストライクによる死亡事故(オーストラリア)

2022年7月9日、プライベートのヘリパッドから出発したBell 206L-1がその9分後に墜落し唯一の搭乗者であるパイロット一名が死亡しました。

当局の調べによると、およそ500ft AGLで尾根を超えた直後にウェッジテイルイーグルが左側風防下に衝突したことが明らかになりました。

太陽の眩しさと周波数を変更する作業によってパイロットが鳥を発見することができずバードストライクになっとされています。

その後パイロットはバードストライクにより驚愕した状態となり、急激なコントロールインプットをしてしましました。その結果、メインローターがテイルローターブームに接触し機体は空中で分解し墜落したとされています。

リスクの高いとされる500ft AGL以下での飛行で、見張りが十分にされていなかったことが悔やまれます。

ATSB Final Investigation Report

ドクターヘリのバードストライク(日本)

2009年3月18日午前9時40分ごろ、静岡県浜松市にある聖隷三方原病院のヘリポートを飛び立ったドクターヘリがおよそ800ftの高度を飛行中、前方から2羽の鳥が飛んでくるのを確認し回避しようとしたが避けきれず1羽が左側風防下部に当たり風防を突き破り左操縦席の足元に入り込みました。

その後近くの駐車場に緊急着陸し、乗員5人に怪我はありませんでした。

衝突した鳥はトビだったようです。

この事例では事故には至りませんでしたが、鳥が機内に入ることによって乗員への影響だけでなく、コントロール系統に影響を及ぼす可能性もあります。

鳥への尊敬を忘れずに

最後に鳥は私たち人間よりも大先輩で遥か昔から空を飛んでいます。

パイロットとして飛んでいると鳥が邪魔だなと思うことは多々ありますが、間違いなく鳥も同じことを思っていると思います。

どちらかというと私たち人間が彼らの生活圏に入り込んでしまっているので、優先権は鳥にあるのだと個人的には思います。

鳥への尊敬を示して、「お邪魔します」の気持ちを持つこともバードストライクを防ぐ有効な方法なのかなと思います。

優先権は彼らにあることを忘れずに。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次