どんな乗り物にも速度の限界があるように、ヘリコプターにも速度の限界が存在します。
ヘリコプターに限らず、航空機の限界の速度つまりその航空機が出すことのできる最大の速度は「VNE」と表現します。
耐空性審査要領では以下のように定義されています。
この要領において「VNE」とは、超過禁止速度をいう。
耐空性審査要領
VNEは「Velocity Never Exceed」の略語であり、定義にもあるように「超過禁止速度」という意味です。この速度は「対気速度」のことを言っています。

今回の記事ではヘリコプターのVNEはどのように決まるのか?
ヘリコプターのVNEを決定する要素はなんなのか?を解説していきます。
ヘリコプターには2つのVNEがある
一般的な乗り物は1つの固定された速度限界があるようなイメージですが、ヘリコプターは少し違います。
ヘリコプターには「パワーオンの速度限界」と「パワーオフの速度限界」があります。
「パワーオン」とはエンジンの出力によってローターが回転し飛行している状態のことです。つまり通常の飛行状態のことを言います。
反対に「パワーオフ」とはエンジンの出力ではなく、空力のみによってローターが回転している状態のことです。つまりパワーオフの速度限界とは「オートローテーション時の速度限界」のことです。
このようにヘリコプターは、パワーオン時とパワーオフ時で出せる最大の速度(VNE)が変わります。
同じ速度の限界ですが、それに関わる要因や限界を超えた時の現象は違ったものになります。
パワーオンのVNEを超えるとどうなるか
パワーオンのVNEが設定されているのは、後退翼の失速を防止するためです。
後退翼の失速については以下の記事で詳しく解説しているので、あわせて読んでみてくださいね。

実際にH125のシュミレーター訓練で、意図的にVNEを超えて後退翼の失速を体験しました。
ある程度のマージンをとっているので、VNEを超えた瞬間に後退翼の失速が起きるわけではありませんでしたが、しばらくしてから(VNEから15〜20kt過ぎた辺り)急激な右ロールに入りました。
H125はメインローターが時計回りに回転するので後退翼は右側になります。
右側の翼が失速し揚力を失うので右ロールに入ってしまいます。
おそらく実機では後退翼の失速に陥る前に振動などの兆候を感じることができると思います。
もし対地高度が低い場合、後退翼の失速に陥ってから回復するのは非常に困難で、そのまま墜落する可能性もあります。
VNEを超える速度で飛行することは非常に危険です。
パワーオフのVNEを超えるとどうなるか
パワーオフのVNEが設定されているのは「前進翼の失速」を防止するためです。
後退翼が失速する事があるように前進翼も失速する事があります。
しかし後退翼の失速の発生原理とは少し違います。
通常のオートローテーション中はメインローターの回転数を維持するためにブレードのピッチ角は限りなく0に近くしているため後退翼の失速は起こり得ません。
前進翼の失速は前進側ブレードを通る空気の流れが音速に達し、衝撃波が生じることで空気が剥離して失速に至ります。
後退翼の失速は翼端速度−機体の前進速度でブレードに対する相対速度が遅くなりすぎるとこで発生しますが、それに対して前進翼の失速は翼端速度+機体の前進速度で相対速度が速くなり過ぎてしまうことで発生します。
オートローテーション中のメインローターの回転数は、パワーオン飛行中よりも高いところまで使用できます。つまり翼端速度は速くなるということです。
この時に機体の前進速度が速すぎると翼端速度+機体の前進速度で音速近くまで達し、前進翼の失速に陥る可能性があります。
注意しなければならないのは、翼上面を流れる空気は相対速度よりも速いため、相対速度が音速に達していなくても衝撃波が生じ失速に至ることがあるということです。
また音速は気圧や気温の影響を受け、気温が低いと音速は遅くなるので低温下ではより注意が必要です。
前進翼の失速が起こるとメインローターが時計回りに回転する機体の場合、機首が下がって左にロールします。後退翼の失速とは逆の動きになります。
VNEを決定する要素
ヘリコプターのVNEは常に一定の値では無く、様々な要素や形態によって変動するものです。
ここからはVNEを決定する要素はなんなのかを見ていきましょう。
イメージしやすいように実在する機体であるH125を例に見ていきましょう。
機種によって表現の仕方は違うので参考にしてみてください。
H125のVNEはそれぞれ以下の通りです。
■パワーオンVNE:Hp=0で155kt
■パワーオフVNE:Hp=0で125kt

気圧高度
H125は高度が1000ft上がるにつきVNEが3ktずつ差し引かれます。
つまり気圧高度0ftであればパワーオンのVNEは155ktですが、1000ftでは152kt、2000ftでは149ktになります。
気圧高度20000ftではVNEは95ktまで低下します。
気圧高度が上がるにつれてVNEが遅くなるのは空気の密度が関係しています。
気圧高度が高い、つまり空気密度が小さいと同じ揚力を発生させるためには、より多くのピッチ角が必要になります。
ピッチ角が多くついた状態では、後退翼の失速が発生する臨界迎角までのマージンが少ないのでその分VNEは遅くなります。
気温
気温も空気密度に関係するので当然要素の一つとして挙げられます。
気温が高くなると空気密度は小さくなるため、それに伴いVNEも遅くなっていきます。
気温が高くなるとVNEが遅くなるから気温が低くなる分にはVNEには影響しないのでは?と思うかもしれませんが実際はそうではありません。
H125の飛行規程では外気温度が低い場合のVNEについて以下のようになっています。
■OATが−30℃より低い場合、パワーオンVNEから10ktを差し引かなければならない。
■OATが−20℃より低い場合、パワーオフVNEから20ktを差し引かなければならない。パワーオフ最小VNEは65kt。
これは前進翼の失速を防ぐためです。
先述した通り、音速は気温が低くなると遅くなります。
気圧高度0ft、気温15℃の標準大気においての音速は340m/s(660kt)です。
仮に気圧高度0ftで外気温度が−30℃だった場合の音速は約314m/s(610kt)と大幅に減少します。
パワーオフの方が条件が厳しくなっているのは、前進翼の失速のリスクがパワーオンよりも高いからです。
H125の飛行規程にはありませんが、気圧高度と気温でVNEを判断できるチャートがある機種もあります。
ドアの開閉や取り外し
H125の場合、ドアの開閉操作中はドアが急激に開いてしまうことやそれによる機体の損傷等を防止するため、VNEは60ktに設定されています。
またドアを開いだ状態での飛行は、どのドアを開けているかにもよりますが、70ktから135ktと比較的遅めに設定されています。
ドアを開いた状態では機体の中に気流が入ってくるので、この影響を考慮したVNEが設定されています。
機外装備品
ヘリコプターには任務のために機外装備品が取り付けられていることがよくあります。
散布装置やレーザー装置、カメラやホイストといった様々な装備品があり、これらが装備される機体には「追加飛行規程」というものがあります。
追加飛行規程は航空機の追加の装備品を取り付けた場合、本来の飛行規程にある限界事項や操作方法、手順との違いを明確にするものです。
ヘリコプターの機外に装備品が付くと抵抗が増えるのでVNEは通常よりも遅くなります。
機外装備品がついている場合は追加飛行規程でVNEがどのようになっているかを確認しましょう。
まとめ
■ヘリコプターにはパワーオン飛行時とパワーオフ飛行時でVNEが違う
■パワーオンのVNEは後退翼の失速を防止するために設定されている
■パワーオフのVNEは前進翼の失速を防止するために設定されている
■VNEを決定する要素は気圧高度、外気温、ドアの開閉や取り外し、機外装備品などがある